Pianist 田村真穂 Official Website!!

ピアニスト田村真穂の公式ブログ。
好評を頂いておりました「mahopooパリ通信」の続編となります。日々邁進する私の記録、コンサート情報などを掲載します。
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《インタビュー》オペラ字幕指揮の第一人者
TOKYOさぬき人「オペラ字幕指揮の第一人者」のインタビューを受けました。

音楽的な表示目指す 四国新聞 2006年(平成18年)7月6日(木曜日)掲載

 字幕指揮とはオペラなどの公演の際、舞台そでの字幕スーパーに日本語訳を出す合図をすること。それまで「舞台と合っていない」「鑑賞の邪魔」などと不評だった字幕表示を、機械の進歩とともに「音楽的」とまで言われるほど向上させた。ピアニストとしての活動の一方、字幕指揮の第一人者として主に海外オペラなどの公演で活躍し、音楽関係者から高く評価されている。
 「一つの公演で出す字幕は八百から千。それを舞台と違和感がないようにタイミングを見計らって合図を出す。神経張り詰めての作業ですが、舞台と一体化できた時は一緒にオペラを作り上げた喜びを体験できますね」
 表には出ない裏方の仕事。字幕はあらかじめ機械に打ち込んでおき、舞台のモニターを見ながらオペレーターに表示のタイミングやフェードイン・アウトの時間など細かく指示を出す。
 「事前に演出家や指揮者の話を聞いたり、練習を見て、入念に『作り込み』をして。本番では歌手のくせや体調に合わせてタイミングを微妙に変える。いろんな楽器とアンサンブルをやった経験が生きていると思う」
 三歳でピアノを始め、坂出高から国立音大へ。卒業後は音楽の幅を広げるため、オペラのけいこピアニスト「コレペティトゥア」の修行もした。
 「知り合いの指揮者にオペラの勉強をしてみたらと勧められて。でもベテラン歌手にけいこをつけるのは、ある程度の自信とキャリアがないとできない。最後は一人で任せてもらったが、一流の音楽家が相手なので常に緊張の日々でした」
 裏方として照明や字幕の「キュー出し」を経験し、それが字幕指揮の仕事につながった。その後2000年には奨学金を得て欧州に留学した。
 「音にこだわらなくていいコレペティトゥアは一生の仕事じゃない、もっとピアノの音を突き詰めようと。それに字幕指揮はこれから伸びるので、語学の勉強もしたいと思っていた」
 フランス、ドイツに滞在し、2004年に帰国。その間も度々日本に帰り、字幕指揮者として活動を続けていた。
 「海外オペラの公演の際は日本からオファーがあって。字幕指揮はすごく勉強して自分を磨いていかないと、一流の音楽家との呼吸が分からなくなる。だからピアノもサボれない。今後も、ビアノソロと字幕指揮を活動の両輪にしていきたい」
 九日には銀座王子ホールでリサイタルを開催。作曲家の小橋稔さんが彼女のために作ったオリジナル曲を披露する。
 「私のピアノは瀬戸内海の光や穏やかな気候を感じさせると、小橋さんがすごく気に入ってくれて。今があるのは、これまでに出会った人や育ててくれた古里のおかげ。とても感謝しています」


18:06 | 新聞掲載記事 | - | - | author : ピアニスト 田村真穂
月曜随想「清らかな空気、清らかな音」
 四国新聞社発行「月曜随想」エッセイのお話を頂きました。

「清らかな空気、清らかな音」 2003年(平成15年)3月31日(月曜日)

 パリ、ドイツとヨーロッパで暮らし始めてもう三年が経とうとしています。私が今住んでいるのは、北ドイツ、オルデンブルグというブレーメンに程近い小さな美しい街です。グリム童話の絵本のような風景、れんが造りの家々、尖塔形のゴシック様式の教会、豊かな森や湖、鳥やウサギやリスやシカ、牧場には牛や馬やロバ、川沿いの土手には羊の行列、ここにはたくさんの美しい自然があります。
 この美しい街で、この街の州立歌劇場オーケストラのメンバーや、ブレーメンやその他の街の音楽家たちと演奏の仕事をしています。日常に当たり前に音楽が溶けこんでいるこの国で、毎日真剣に音楽と向き合い、生きたヨーロッパで暮らし、学ぶことは数知れません。
 一昨年、ドコモコンサートでライプツィヒ・ゲバントハウス八重奏団と四国四県を演奏旅行で回った時、「演奏する」ということはこの人たちにとって喜び以外の何ものでもなく、それに、息を吸って吐くということくらいにシンプルなことなんだなあと思ったことがありましたが、その後もこの土地でいろいろな音楽家と一緒に演奏すればするほどそう感じるので、いったい何が違うんだろうとずっと考えていました。
 私は健康の為に毎日約一時間のウォーキングを欠かしませんが、近所の美しい森や川、どこまでも続く緑の道を歩いていて、「そうか。空気がきれいだからなんだ」と、気づいた時、とても納得がいったような気がしました。
 最近、なぜ弘法大師が八十八カ所の寺院を巡る道を四国につくったのかをよく考えます。多くは心身の病や悩みを持つ人々が訪れ、心身のよみがえりを願って歩いていると聞きます。また、近年観光客も増加していると聞きます。人々は四国の明るい空や海、満ちあふれているであろう清らかな空気を求めてやって来るのだと思います。
 「癒やし系」という言葉がはやる今の世の中、人々は皆疲れています。なぜ疲れてしまったのか。
 先日、友人のパーティーに招待され、皆でワインを片手にドイツの首相選挙をテーマに、次は誰がいいかを雑談していた時のこと、私の大切な友達でドイツ語の先生でもある五歳のルーカスが、「僕は環境を大切にしてくれる人がなってくれたらいいと思うな」と発言しました。大人たちは「全く同感だ」「そうねルーカス、あなたの言うとおりよ」と大賛成していました。
 よく知られていることですが、ドイツは環境保護を徹底している国です。木を倒し建物を建てた人は別の場所に、倒した同じ本数だけの木を植える義務を課されています。
 故郷の自然が失われつつあることを帰郷のたびに感じ、とても胸が痛みます。青々とした田んぼ、あぜ道に見事に咲く赤い彼岸花、カエルの大合唱、レンゲ畑。私の大切な心の風景、実家の近くの川で春、一斉に咲き乱れる菜の花も、もうすぐ見ることができなくなると聞きました。早く何とかしなければ、大変なことになるような気がしてなりません。
 私は、四国に生まれ育った者の一人として、ピアニストとして、弘法大師が八十八カ所の寺院をつくったこの四国の清らかな空気の中に響く清らかな音を一生追い求めていきたい、そう思っています。息をするということは、自分の国の歴史や文化を吸って吐くということなのかもしれません。
 まずは、木を一本植えませんか?
18:04 | 新聞掲載記事 | - | - | author : ピアニスト 田村真穂
月曜随想「神が降りてくる場所」
 四国新聞社発行「月曜随想」エッセイのお話を頂きました。

「神が降りてくる場所」 2006年(平成18年)10月9日(月曜日)

 日本人だけが持つ豊かな感性、わびさびを解する細やかな無限な想像力。「虫は鈴虫、松虫・・・。」秋の虫たちの鳴きしきる音を「虫時雨」と呼び、欧米人が単なる物音や雑音として捉えるところを我々日本人は「声」として言葉として聞き、自然と会話する。ピアノ曲も交響曲もオペラも優れた作品はすべて自然から生み出されたものであり、音楽家がいつも自然と対話しているということが、いい仕事をしていく上でいかに必要不可欠かということは言うまでもない。
 私は、オペラなどの舞台の両袖に表示される字幕を出す仕事をしている。煩わしい、舞台の雰囲気を損なうという声もあるものの、「内容が理解できてありがたい」と、おおむね好評だ。ただ、やはり、いかに違和感なく自然に出せるかが鍵となる。
 準備を十分にしたうえで、歌い手や指揮者の呼吸に合わせて微妙にフェイドイン・アウト(字が柔らかく出て余韻を残して消える)を使い分け、コンマ何秒のタイミングを計って指示をだしていく。一コメント一コメント妥協を許さず、全神経を研ぎ澄まして命懸けで出していく作業であるが、必死にタイミングを計ったり探ったりしているうちは駄目。それはたぶん舞台にもこちらにもまだ神が降りてきていないということで、単なる人間業でしかない。
 しかし、ピアノのソロを演奏しているときにも同じ経験をすることがあるのだが、もはや自分の力ではない何者かの力によって導かれていて私はそこに魂を委ねているだけ。自分、客席、劇場ごと空に向かって翔んでいってしまっているような、えもいわれぬ幸福と神秘的な体験。それは、そこにはっきりと神存在を感じる瞬間である。そんな時は、こちらがではなく、歌い手の方が字幕に合わせて歌っているように錯覚する。その作品が作られたときに必然的にある「流れ」という偉大な自然に抱かれた時、魂は癒やされ、そして復活する。そんな至福の時間を知っている幸福な人々は今日もまた劇場へ通う。
 夕焼けに染まる阿讃連山の稜線、金色の稲穂の田に紅の帯の彼岸花、あくまで高い紺碧の空に映える柿の木。幼い頃、祖父と柿をもいでいて、「全部採ってしまわんと鳥に少し残しておいてあげよう」と言われたことを思い出す。人々はそうして連鎖で自然を潤し、感謝し、守ろうとしてきた。衰退の一途を辿ってしまいそうなこの国で、鎮守の杜の木は倒され、秋茜が飛び交う田んぼはどんどん潰されて駐車場やマンションになってしまう。このままでは木々の葉ずれも、瀬音も、そう、虫時雨も、自然の声がどんどん聞こえなくなってしまう。錦織りなす野や山の、見事な色彩を作り出す秋の竜田姫も山彦も、どこに降りたらいいのかわからなくなってしまう。
 このままでは、神が降りてきてくれなくなってしまうような気がしてならない。
17:59 | 新聞掲載記事 | - | - | author : ピアニスト 田村真穂
リサイタル記事
 ピアノ演奏披露、丸亀出身田村さんがリサイタル

四国新聞 2008年(平成20年)2月3日(日曜日)掲載

 丸亀市出身のピアニスト、田村真穂さんがこのほど、東京・銀座の王子ホールでリサイタルを開き、「ひとりミュージカル」の作者として知られる作曲家・小橋稔さんが彼女のために作ったオリジナル曲を約100人の聴衆に披露した。

 田村さんは坂出高、国立音大卒。オペラのけいこピアニスト「コレペティトゥア」などを経験し、欧州へも留学した。ピアノのソロ活動の一方で、オペラ公演などの際、字幕スーパーに日本語訳を出す合図をする「字幕指揮者」の第一人者としても知られる。海外オペラの日本公演などでは引っ張りだこの人気だ。

 今回のリサイタルはすべて小橋さんの作曲。ピアノ単独の「世を辞するの句」や「ピアノのための二章」のほか、民謡「あずきまんまのうた」の語りや篠笛との共演もあり、バラエティーに富んだ演奏を披露した。

 クラシックとは異なり、日本人の感性に訴える独創的な音楽だったが、「お客さんから『本当の自然の音が聞こえるようだ』と言われた。難しい作品だったが、伝えられてよかった」と田村さん。「字幕指揮とピアノソロは活動の両輪。今後もオペラで一流の演奏家に刺激を受けながら、自分の演奏も成長させていきたい」と話していた。


17:54 | 新聞掲載記事 | - | - | author : ピアニスト 田村真穂