ふとアラジンストーブのことを書きたくなりました。こんなに美しい炎の石油ストーブ、ちょっとないでしょ?
いつも、ついうっとり。気が付くと、ずーっとずーっと見とれてしまっています。

なんともいえない味があるんですよ。伝統と格式を重んじるイギリス生まれのストーブで、今も製造販売されているそうですが、70年間スタイルが変わってないそうです。
いろんな種類があるみたい。私のはブルーフレームのグリーン。モスグリーンというか、コバルトっぽい上品な色です。
天井はホーロー、おやかんも置けるし、焼き芋もなかなか美味しく焼けます。それに結構力持ちです(よくあったまる)し、デキルやつなんです。
まめにお掃除して、時に壊れたら部品を買い修理して、消耗したら芯を替えて、と、丁寧にメンテナンスしてあげながら(←父が)(

スミマセン。いつも。。。)長いこと、とても大切に使っています。
ドイツの電気製品が、いずれも大変しっかりした作りで、何代も直しながら大切に使われることを思い出します。
今は、机や椅子、電灯など古いものばかりの我が「田村ピアノ学校」にぴったりマッチして、とても愛らしい様子で鎮座ましましておられます♪
物には魂が宿ってるっていつもおばあちゃんが言ってた。
小学校に入学した頃、玄関にランドセルをほおり投げて遊びに行こうとした私に、母が「まあ、かわいそう。ランドセルさんが、いたいいたいって泣いてるわ。」と言っているのを聞いて、投げたランドセルをこっそりお風呂に入れて、お風呂上りのふわっと気持ちよさそうになったところに、オロナイン軟膏をたっぷりと塗ってあげた私。翌日、もっと痛そうになったというか、再起不能になりそうになっていたランドセルのことは忘れたい記憶。
皆寝た後、私と妹のお部屋ではお人形やおもちゃたちが、キッチンではおやかんやお鍋が起き出して、会議をしたり遊んだりしている。「私たちもう寝るからね。お待たせ。」そう言ってからお布団に入っていましたが、このこと、実は、人に言えないくらい結構大きくなるまで本気でそう信じていました。
それどころか、もしかして、今も信じていたりして……?
私、ちょっとおかしい?
いいえ、これらは科学的に説明がつく!と偉い人が説明しています。本当です!
すべての存在物には原子核があって、中性子、陽子がある。
中性子=「意識。」陽子=「意志」。つまり、どんなものも「意識」と「意志」で構成されている。
さらに、 中性子=「意識」=「調和」。陽子=「意志」=「愛」。つまり、原子核というのは「意識」と「感情」、「意志」と「愛」が結びついて構成されている。すなわち「愛と調和」が全ての存在物「もの」の素になっている。
と。
ほらね。
この考え方は、この世に存在するすべてのもの、動物や植物だけでなく、岩や石ころにも、「意識」と「意志」があり、。意識や意思を魂と呼ぶならば、地球上の全てのものに命が宿っているということで、地球はひとつの生命体であるという、あの「ガイア理論」の根本。
おおっ!うちのおばあちゃんは、この「ガイア理論」を勉強していたの か?!
あら?今おばあちゃんの声が聞こえてきたような気がしました。
「日本にはなぁ、むかーしから、八百万の神さんが、雲や川、草木や石ころにもおってくださっとんで。おくどさんにも、針にも、丁寧にありがとうございますゆうて言わないかん。」
お野菜くずは、「捨てるとこなんか、なーんもない。」と、肥料として丁寧に田畑に撒かれていましたし、
おばあちゃんの着物は、何度も姿を変えリサイクルされ、破れたり擦り切れたりしたらオムツや雑巾になっていました。それでも使えなくなると火種として釜戸の中で立派な最期をむかえていました。
物を大切にするということは、物の持つ機能をとことん使い尽くすということで、それが、おばあちゃんのよく言ってた「物の命はまっとうさせてやらないかん」ということなんやね。おばあちゃん。
物も人間も、同じ、中性子と陽子でできた物体なんだもの。人間も同じやね。おばあちゃん。
心豊かに生きる。与えられた命をまっとうするまで。
私もそうありたいと思っています。
心が豊かなら、たくさんの物なんて要らないね。必要最小限の大好きな物たちがいてくれたら幸せやね。昔むかしからずっと一緒にいてくれた。。。みんなが大切な友達。
おばあちゃんのストーブも秤も電灯も、皆みんな元気だよ。
あら?
「何理論か知らんけど、そんなに偉そうに言うなら、アラジン、これからは自分で掃除したらどう?」
あ、今、父の実際の声が聞こえてきましたが、
空耳だと思うことにしました。

人間はパラドックスの体現であり、矛盾の塊である。
〜オーギュスト・コント