Pianist 田村真穂 Official Website!!ピアニスト田村真穂の公式ブログ。
好評を頂いておりました「mahopooパリ通信」の続編となります。日々邁進する私の記録、コンサート情報などを掲載します。

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ボストン美術館展 ::: 2012.05.09 Wednesday
 先日のリベンジ?!
行ってきました!ボストン美術館展!

どうだったか?
それはもう……。

行ってよかった。の一言です。
過去の同博物館で開催された大琳派展や、興福寺の特別展で阿修羅像に会えた時の感動が蘇り、嬉しくて、やっぱりどんなに忙しくても、何があっても来なくちゃいけなかったんだなぁ!来てよかった!と思ったのでした。

だって、一生のうちに出会えるかどうかという、これらがもし日本にいたら絶対国宝!という超傑作がこれでもかというくらい、惜しげもなく公開されているのです。

主に、ビゲロー、フェノロサ、岡倉天心らの日本美術コレクションを厳選した、約90点もの絵画、仏像、仏画、絵巻、水墨画、刀、能装束などが、今回、遥か海を渡って里帰りということだそうです。

「日本のものなのに、国外に持ち出して…」 などと、ちょっと穏やかならぬ気持ちを持っていたのは浅はかな私。実際に観たら、やっぱりそうではないと実感しました。それは、まず、すごく愛を感じたからでした。

数日前、「私、今度ボストン美術館展に行ってくる。なんでもね、び、びげろーという人と…、」と、この展覧会のことが話題に上った食事中、母が言った。
「前に家族で旅行したとき、三井寺にビゲローとフェノロサのお墓があったわねぇ?」
私、「フェノロサは、お能や音楽のことなんかでよくわかるけど、び、びげろー?なんだ?びげろって。」と言っているうち、あーーーーーーーーーっ!そうだった!!すっかり忘却の彼方であったこの名前、母のおかげでパッと思い出しました。 お恥ずかしい限り。

あの時、この美しき近江に眠る、このアメリカ人のお二人は、日本のことが大好きで、日本の美術品を理解し、愛し、集めてくれたんですね、、、、。明治政府の排仏毀釈令によって、寺院が二束三文で売りに出した美術品のことを、心を痛めながら、手を尽くして収集してくれた。私たちの国の貴重な文化財を守ってくれてありがとう、と家族でじーん…としたのでした。(あんなに感動してお墓に手を合わせたわりには、すっかり忘れていたこの私。)

それにしても、あまりにも素晴らしかったので、何から書いたらいいのか悩んでしまいます。

まず、久しぶりに再会した等伯の「龍虎図屏風」はやっぱりすごい。幽玄で力強く、ものすごい底知れないエネルギーを感じ、ぞーっとしました。

それから、100年ぶりに公開されたという、曽我蕭白の「雲龍図」は、おおっ!出た!!!というかんじです。でも、、。もちろん素晴らしい!けど、、、。でも、、、なんか違和感が。。胴体部分、真ん中の6曲がないからかな?それとも、琴平の奥書院で観る若冲が素晴らしいように、フェルメールはマウリッツハイス美術館で、あの国のあの光の中で観たから素晴らしかったように、やはりこういう場所で、こういうふうに張ってしまうと、勿体ないのかもしれないかなぁ。。

蕭白では、隠居した4人の老人が描かれた「商山四皓図屏風」が大好き。勢いがあって、ユーモラスです。

吉備真備(きびのまきび)の、遣唐使での活躍の様子が描かれた、4巻25mと長〜い「吉備大臣入唐絵巻」は、色彩や精緻な細かい表現が素晴らしいだけでなく、ものすごく面白い漫画のようで奇想天外なストーリー。空は飛ぶし、超能力は使うし、荒唐無稽でわっくわく♪です。

表題の翻訳は?その名も「Minster Kibi`s Adventure in China!」
Oh、まさしくアドベンチャー!

でも、、すごい人で、み、見えない!この展覧会、40万人を突破するのでは?と言われてるのですから仕方がない!ですが、せめて、もう10cm背が高かったらだいぶ違うのになぁ…と思いながら、3列目くらいから精一杯の背伸びで、足が攣りそうになりながら必死で見た155cmの私でした。← そう、私、意外と小さいでしょ。ハッハッハッ。

あと、落ち着いた金色に輝く「弥勒菩薩立像」は、快慶の処女作。切れ長の目の端正なお顔、ちょっと腰をひねって、均整の取れたしなやかな肢体は優美秀麗。あまりの美しさに言葉を失い、見とれてしまいます。
発願も快慶。胎内に納められた、「亡き両親と師の菩提を弔うために」から、親を思う心、願い、祈り、…それはあまりに厳かで、、、思わず涙が出ました。


「芥子図屏風」は音楽のようです。リズムがあって、音が聞こえてきそうでした。

それからそれから、、。あぁ、、、とてもとても書ききれませんが、今回も素晴らしい芸術に触れることができ、またものすごくいい刺激を受け、いいピアノが弾けそうです。
行ってよかった。。

創作してくれてありがとう。集めてくれてありがとう。里帰りさせてくれてありがとう。

豊かな刺激をくれたこの「眼福展覧会」に、心からありがとう。








国立国会図書館  ::: 2012.04.27 Friday
 ボストン美術館展を観に行こうと、タイトなスケジュールをぬって張り切って出掛けました。展覧会を楽しめる時間は長めに見積もって3時間。本当はもっとゆっくり観たいけど、仕方がない!よし!と決めて、朝早く家を出ました。

たまには鶯谷から歩くことにし、美しい新緑の寛永寺に沿って爽やかな初夏の風の中、気持ちよく国立博物館に向かいました。

と、ルネサンス様式の大きな洋館?のような、壁に紋章のついた石とレンガのなんとも趣のある建物が現れました!「おおっ!何だこれは!すごい!!」 …なんてきれいなんでしょう!!思わず吸い寄せられるように中に入りました。 人が誰もいません。

石の建物はしんと冷たく、 高い吹き抜けの回りを、鋳鉄製の手摺がついた、黒く深い茶色の風合いの木の大階段が取り巻いています。ひとり、ヨーロッパを思い出しながら、ドキドキ、鉄の階段を上がりました。



書いてありました。旧帝国図書館。そう、ここは国立国会図書館、国際こども図書館でした。

閲覧室<子どものへや>は、明るく開放感に溢れています。円形に世界の本が並べられ、あたたかく、「まるいお部屋」というイメージです。天井全部が照明の光天井、どこで読んでも影ができないのだそうです。

そして、奥、<世界を知るへや>に入り、息をのみました。高い天井、美しい漆喰の壁、精緻な装飾が施された柱、真鍮の輝くシャンデリア、乳白色のガラスシェード、「うわぁ。」「すごい〜。」と思わずタメイキが出ます。ここは、この建物の中で最も贅沢な作りの「貴賓室」だったそうです。なっとく。



ミュージアムホールでは、「日本の子どもの文学」という展示会が開催されているではありませんか。うわあ!古い本がいっぱい!明治時代のちりめん本の豆本や、「少年世界」の初版本から始まって、てふてふ♪と歌詞がかかれた唱歌の本など、目を奪われる魅力的な本が250冊ほども!時代とともに、子どもの文学がどういう変遷を辿ってきたのか興味深く、夢中で観ました。

プロレタリア児童文学「小さい同志」などの戦争の色濃い本と一緒に並べられた、よく知る「心に太陽を持て」を見て、あ、私が思ってるのと違う!と、ハッとしました。いえ、もちろん内容は同じ山本有三の原文です。ただ、違うのは、「日本小国民文庫」のうちの1冊として出版されている点で、下にこの本の説明として、「自由が制限された時代にありながら、先駆的な自動教養書であった」 とありました。
平和な時代に育った私とまったく違う意味で、この本をこの時代の子どもたちは読んだのだ、そう思うと胸が潰れそうでした。


たくさんの歴史ある本たちは、どれも、材質、デザイン共になんとも味わい深い装丁です。
かわいいなぁ。。趣があるなぁ。。おもしろいなぁ。。夢があるなぁ。。
私は、古いものがもともと大好きなので、嬉しくてたまりません。

オチノピ?なんじゃこりゃ。(大正14)。ユニークな装丁の表紙に釘みたいな魅力的なカタカナで書かれた「オチノピ」。

落ち延びると言う意味?でも、び じゃなくて ぴ?…… オチノピ?……。……?ぴ?

しばらく悩んで気が付いた!

なんだー ピノキオじゃーん。

そうこうしている間に、時間の経つのは早いものです。感動したり、泣いたり、ひとりゲラゲラ笑ったりしてる間にあっという間に3時間が経過しており、

気づいた!!!「あーーーーーーっ!私、国立博物館に行く途中だったんだった!!!わーん!ボストン美術館展に行けなかったじゃーん!!!」


おしまい






























唐箕がやってきた! ::: 2012.04.17 Tuesday

これ、「足踏み脱穀機」。

愛嬌たっぷりのこの子は以前からうちに居て、現在は「田村ピアノ学校」の玄関のオブジェとなってくれていますが、そういえば何をするもの?お恥ずかしながら、実は私もよくはわかっていずちゃんと調べましたところ、

「逆V字型の針金を埋め込んだ円筒形のこぎ胴を人力によって回転させ、そこに稲や麦の束を押し付けることで穂から子実をこそぎ落とす。踏板と歯車をクランクで連結し、上下運動を回転運動に変えていた。」

とあります。なるほど。

そして、 「唐箕」(とうみ)


4本足ですごくおもしろい!初めて見た、おっきな目玉のウインクしてる動物みたいです。何これー?!と、わくわく早速調べました。

「収穫した穀物を脱穀した後、籾殻や藁屑を風によって選別する農具である。」

そうか!要するに脱穀機ね!
中国から江戸時代に日本に渡ってきて、一般農家に普及したのは明治、大正時代。それまでは、箕などで手動でよりわけていたわけで、この子の出現は画期的!唐箕のない家にはお嫁に行きたくないと言われたくらい、作業効率を著しくアップさせた革命的な道具だったそうです。

どういうふうに使うかというと、
取っ手を持って手動で回すと、この4枚の羽が回り、風を起こすのです。
そうしてぐるぐる回しながら、上部の漏斗(じょうご)みたいになっているところに穀物を入れ、ストッパーを調節しながら少しずつ落下させていくと、風力によって穀物は選別され、
品質の良い重い米粒は手前の一番口から、未熟な米粒は二番口から出てくる仕組みです。

どこにも釘が使われていず、非常によくできています.

それにしても、昔の農機具って、なんと味わい深いのでしょう。

なぜ?直接命に繋がってたから かな…。自然の神様への感謝を捧げ、自然に畏敬の念を払い、謙虚に対峙してきたお百姓さんたちの姿がそこに見えるからかな…。

それに、風力発電じゃない(電気は起こせない)けど、電気の力を使わないで、手動の風力で動かす機械です!すごい!!
本当のエコですね。。。必要なのは、私たち人間の労働力だけで、何も使わないし、何も汚さない。
どこでも、つい最近まで使われていたそうですが、愛嬌たっぷりで素敵なこの子も処分される運命でした。

そういえば、東京の地下鉄、スーパーやコンビニ、もっと暗かったのにな。。いつの間にか、すっかり明るくなっています。どうして皆忘れちゃうんだろう。
私は、原発、絶対反対派です。断固反対です。いろんな問題があると思いますが、原発は巨神兵としか思えない。私には、光を帯びて空を覆い、死を運ぶ、巨いなる兵の神(おおいなるつわもののかみ)巨神兵としか思えません。

自動の脱穀機、一回使ったら楽チン過ぎて、もう戻れないしぃ……とか言っている間に、足踏み脱穀機や唐箕どころか、田んぼ自体どんどんなくなっているよ。子供たちの大好きな虫も、蝉も、れんげ畑も、蛍もいなくなっています。
「皆!もう一回思い出そうよ!!!」と言いたいです。だって…「すべての音楽は自然から生まれた」のですもの…。


昨日、「田村ピアノ学校」の、愛する生徒さんの一人に
「ねえねえ、見て見て。これおもしろいでしょ?この子はね、動物よ〜!
などと言ってみましたら、

その愛らしい5歳の女の子、なんのためらいもなく唐箕に近付き、ちっちゃな手で、やおら取っ手を掴んだ!そして!すごい勢いで風車をぐるぐる回しながらこうおっしゃるではありませんか。
「?どうぶつ?なんの?あのな、これはな、おまめので。じーちゃんが。あのな、ここから ええぶん がでてきてな、こっちから つぎのぶん がでてくるんで。」

「おう!知っておられましたか。失礼しました。おじいさまがまだお使いになっておられるのですね。。すごい!!」


…いいことだなぁと思いました。東京の生徒さんに、子供たちに、皆に見せてあげたいなぁ…。ぐるぐる回させてあげたいなぁ…。










T邸 訪問 ::: 2012.04.08 Sunday
 春休みも終わりの日、家族全員の友人である「Tさん」のお宅に、お手製の「お蕎麦ランチ」のご招待を受け、皆でお邪魔してきました。

私は、実は、お蕎麦が大好き!Tさんの打つお蕎麦は、銀座の「よし田」や神田の「藪そば」、浅草の「並木藪」などが、どうしたことでしょう?足元にも及ばない美味しさです。私は今回2回目。皆は初めて。地元のおばあさんがだいじに育てている無農薬、轢き立てのそば粉を、美味しいお水で打って、給食みたいな金色のでっかいお鍋で茹でてくださいます。

我が家の採れたて「芽ネギ」を持参し、Tさんがご自分で焼かれた音符の器♪に。

高知の鰹をふんだんに使ったつゆにつけて。
いい香り!

それにしても美味しかったです。サイトーキネンで、地元の人たちによって振舞われるあのお蕎麦をちょっと思い出しました。松本で生まれた甥と姪も、びっくりするくらいいただきました。




Tさんはご自宅にホールをお持ちで、とても素敵なピアノを所有されておられます。そうです、私が、これまでに、この世で一番好きと思った音色を持つ「シュタイングレーバー」。……タメイキ。大好き……。

この写真は、「甥、10歳にして最高のピアノを弾くの図」です。ディアベリを連弾。
「ねえねえ、まほちゃ〜ん、昨日、《田村ピアノ学校》で弾いたときよりさぁ、なんかだいぶ上手になったような気がするね!」
だってさ。
悪かったわね〜。
これは、ものすごく貴重な経験なのですぞ。わかっているかね?半成人(ハンセイジン)君。 


科学者を目指すその半成人に、Tさんが、昔、お子さんに話されたという、こんなお話しをしてくださいました。
「お月さんを見るときに、科学的にと文学的にと、両方の面から見られると楽しいよ♪」

目がキラキラの甥。そこから連想したのか、「《雨にも負けず》を、最後まで空で言えるけど、今は言わない」 とか、何だか訳のわからないことを言っているうちに、

《風の又三郎》を、
「どっどどどどうど どどうど どどう 青い胡桃を吹き飛ばせ 酸っぱい花梨も吹き飛ばせ どっどどど どどうど どうどうど どどう」と、大きなよく通る声でどっどどどどうと歌って、いつものように話題をさらい、Tさんに絶賛されたのは、もちろん、はっち8歳!!

帰りの車で。「すごかったねぇ。はっちぃ。いつの間に憶えてたの?」

「うん。まえにおぼえてたんだけどね、おうちで言ってみたとき、なんのくるみだったか、いくら考えても言えなかったんだけど、みんなのまえで言ってみたら、でてきたよ。」


すごい。本番に強いタイプだわ。




Tさん、彼らに貴重な経験を、一流の刺激を、本当にどうもありがとうございました。











桂浜 ::: 2012.03.31 Saturday

春休み、待望の妹家族の帰省!楽しく、賑やかな春休みです。

最高に晴れた春の日、お弁当を作って、ワゴン車に乗って、皆でわいわい出掛けました。

行き先は、高知。

10歳の甥と8歳の姪を、龍馬さんに会わせてやりたい、ばあばの気持ち。
龍河洞に行って、大自然の偉大さを見せてやりたい、じいじの気持ち。

車の中は、ザ・定番「しりとり」や、「カレーの具を順番に言っていくゲーム」や、二人の熱唱オンステージなどで大盛り上がり、あっという間に高知インター。


まっすぐに桂浜へ。久しぶり!私の初恋? 司馬遼太郎の龍馬に会えました。茫々たる太平洋を凛と見据え、和服姿に懐手、ブーツを履いて堂々と立っています。「このとき龍馬は何を思っていたのかな?」「中岡慎太郎のいる室戸の方を向いて立ってるのよ。」「足摺岬はあっちよ。」など、教える母に、甥が放った一言。「ばあば、ワシントンはあっちだよ。」←大物になるか?!

龍馬さんに挨拶をして、海へ。そこには、キラキラと光を反射し、青く輝く大きな太平洋が広がっていました。



海は久しぶり。何年ぶりだろう…。

いえいえ、そんなはずありません。毎日のように瀬戸内海を見ています。

なのに、自然にそう思いました。

それは、穏やかな光の中の湖のような、静かな優しい瀬戸内海と、まったく異なるものでした。

遥か遠くに見える水平線は、地球が大きくて丸いということを示しており、力強く、威厳があります。あまりに荘厳で偉大で、感動に胸が震えました。なぜ、海へ出て行きたい人がいるのか、「夕日の向こうへ船を進めて行きたい」と言う人がいるのかが、今になってわかったような気がしました。

桂浜は月の名所。歌人・大町桂月にその雅号を与えたそうです。 今も石碑に残るのは、桂月が故郷の土佐に戻り、桂浜で愛弟子と遊んでいた時に作られたという歌。

「見よや見よ みな月のみの かつら浜 海のおもより いづる月かげ」

月の字を名に持つ はっちが砂浜で一生懸命に美しい石を探す姿が重なって海がぼやけました。来てよかった。皆で来られてほかった。 


私の作ったお弁当、皆で砂浜で海を見ながら、美味しい〜美味しい〜と食べてくれました。

「デブは嫌だけど、龍馬みたいに大きくなりたいの。」と言う、美人のはっち。大人より、兄よりいっぱい食べたね♪ ←別の意味で大物に?!







音符の積み木 ::: 2012.03.07 Wednesday
 
小さい頃から、私と妹の洋服は、いつも母の手作りでした。母は刺繍も洋裁も、ニットもレース編みもほんとうに上手で、よく一緒に手芸屋さんに連れて行かれたものでした。

手芸屋さんでは、可愛いデザインのプリントの生地や、何色もカラフルに並んだ美しい絹糸の輝きに感動したり、ミシンのボビンや、鉛筆じゃない鉛筆みたいなのや、面白いものが所狭しと並べられていて、とっても楽しかったことを思い出します。BGMもなく、狭くて静かであたたかな空間でじぃっとしている糸や布たちを眺めていると、この子たちは、母みたいな作り手の人たちによって、命をもらって、何か素晴らしいものにこれから生まれようとしている!皆それを待ってるんだわ!という、なんともいえないドキドキ感もありました。


母が作ってくれたたくさんのお洋服、幼稚園に行く前からつい最近まで、いったい何着くらい作ってもらっただろう…。

編み機で編んだレースのパンタロンスーツ、
ミシン縫いの、シマウマみたいなウールのワンピース、タータンチェックの帽子、大きなボタンのついた、紺のジャンバースカート、
棒針のピンクのモヘアのカーディガン、
真っ白の編み込みのニットのセーター、
まだまだたくさん。…どれもこれも大好きで、うれしくて、とてもだいじに着ていました。

服の他にも、藍染の暖簾、レース編みのピアノのカバーや、刺繍のピアノのレッスンバック、籐のかご、パッチワークのベッドカバーなどなど、本当に、何でも作ってくれていました。しかも、いつもすごく綺麗な仕上がりで、きちんとなっていました。

ひとつひとつ器用な手つきで楽しそうに作りながら、いつも 「お父さんのおかげよ〜。」と幸せそうに言ってたのを憶えています。服など一着完成するたび、せーので「お父さんありがとう。」と皆で言っていました。

え?今?母?今も洋服などを作り続けているかですって?
うーん。いつくらいからかな?それらは今、みごとに、父と合作の「野菜作り」へとシフトチェンジされているのであります。

あ、いつシフトチェンジされたのか、今書いてて気が付きました。父が定年した年からですね。。

現在、二人で小さな家庭菜園で、丹精こめて、情熱を込めて、最高に美味しい野菜たちを育ててくれています。

手作りの精神。それをみごとに受け継いだ妹は今、幸せな家庭の主婦として、ゆとりのところで、それはそれは美しい、夢のある洋服を楽しく作って、多くの人々に喜んでもらっています。まさに今私が着ている気持ちのいいオーガニックコットンのワンピースも妹の手作りです。

ああ、同じ母の血を受け継いだ長女は?

うっ。……。真相は、……ウルトラ不器用でございます。ミシンと言えば、中学のときの家庭科の授業。初めの段階の糸通しで、糸がこんがらがり、「あっらー!まあ!こんなになっちゃったの、はじめて見たわぁ。」と先生に驚かれた思い出。ボタン付けをすればしっかり付け過ぎてか、服にボタンがぴたっと張り付いて、二度とかけられない状態に。。ポケットの端の綻びていたところを繕えば、思い余って全部縫いすぎてポケットは消滅。

つい、真相を激白してしまいましたが、その私が、我が「田村ピアノ学校」の愛する生徒さんたちの為に!このウルトラ不器用まほティ(←まほティとは、秘かに生徒さんから呼ばれているらしい私のニックネームです。)が、音符の積み木を作りましたーーーーーーーーーー!



子供たちが、音の長さを理解するとき、平面より、立体的だと絶対わかりやすい!とひらめき、何かいい教材がないかな?と探したら、こういうの、売ってたけど、なんとなく味気ないし、もっと連付も入れたりなど工夫したいし、絶対作ったほうが、伝わるというか、、。……。

と、相談したら、「田村ピアノ学校」理事長 になってくださいと常々お願いしているにも関わらず、自ら「小使いさんでいい」と言ってくれている父←(しかし、生徒さんたちからはなぜか「校長先生」と呼ばれている) が、図面を書いてくれました。基準を四分音符4cm×4cmとして、一番小さい16分音符が1cm×4cm。合計40ピース。

それを基に、不器用なりにも、愛する生徒さんたちの顔を思い浮かべながらサンドペーパーをかけたりなど、このたびも家族の絶大なる協力を得て、一生懸命作りました。皆喜ぶかなぁ?って思いながら作ってたら、うれしくなってきて、本当に、なんとも楽しい時間でした。音符の大きさもまちまちで、ところどころ滲んだりはみだしたり、まぁ、ウルトラ不器用ぶりを発揮しまくってはいますが。

でも、どうです?ほらね、やっぱり、血は争えない。このハンドメイドへの情熱。もの作りの精神への深い理解。ハッハッハッ。


でも、、、謙虚に申します。
生徒さんたち、ごめんなさいね。こんな いびつ な積み木で(><)ごめんなさいね。



アラジンストーブ ::: 2012.02.13 Monday
ふとアラジンストーブのことを書きたくなりました。こんなに美しい炎の石油ストーブ、ちょっとないでしょ?
いつも、ついうっとり。気が付くと、ずーっとずーっと見とれてしまっています。

なんともいえない味があるんですよ。伝統と格式を重んじるイギリス生まれのストーブで、今も製造販売されているそうですが、70年間スタイルが変わってないそうです。
いろんな種類があるみたい。私のはブルーフレームのグリーン。モスグリーンというか、コバルトっぽい上品な色です。
天井はホーロー、おやかんも置けるし、焼き芋もなかなか美味しく焼けます。それに結構力持ちです(よくあったまる)し、デキルやつなんです。

まめにお掃除して、時に壊れたら部品を買い修理して、消耗したら芯を替えて、と、丁寧にメンテナンスしてあげながら(←父が)(スミマセン。いつも。。。)長いこと、とても大切に使っています。

ドイツの電気製品が、いずれも大変しっかりした作りで、何代も直しながら大切に使われることを思い出します。

今は、机や椅子、電灯など古いものばかりの我が「田村ピアノ学校」にぴったりマッチして、とても愛らしい様子で鎮座ましましておられます♪



物には魂が宿ってるっていつもおばあちゃんが言ってた。

小学校に入学した頃、玄関にランドセルをほおり投げて遊びに行こうとした私に、母が「まあ、かわいそう。ランドセルさんが、いたいいたいって泣いてるわ。」と言っているのを聞いて、投げたランドセルをこっそりお風呂に入れて、お風呂上りのふわっと気持ちよさそうになったところに、オロナイン軟膏をたっぷりと塗ってあげた私。翌日、もっと痛そうになったというか、再起不能になりそうになっていたランドセルのことは忘れたい記憶。

皆寝た後、私と妹のお部屋ではお人形やおもちゃたちが、キッチンではおやかんやお鍋が起き出して、会議をしたり遊んだりしている。「私たちもう寝るからね。お待たせ。」そう言ってからお布団に入っていましたが、このこと、実は、人に言えないくらい結構大きくなるまで本気でそう信じていました。
それどころか、もしかして、今も信じていたりして……?

私、ちょっとおかしい?

いいえ、これらは科学的に説明がつく!と偉い人が説明しています。本当です!


すべての存在物には原子核があって、中性子、陽子がある。

中性子=「意識。」陽子=「意志」。つまり、どんなものも「意識」と「意志」で構成されている。

さらに、 中性子=「意識」=「調和」。陽子=「意志」=「愛」。つまり、原子核というのは「意識」と「感情」、「意志」と「愛」が結びついて構成されている。すなわち「愛と調和」が全ての存在物「もの」の素になっている。

と。

ほらね。

この考え方は、この世に存在するすべてのもの、動物や植物だけでなく、岩や石ころにも、「意識」と「意志」があり、。意識や意思を魂と呼ぶならば、地球上の全てのものに命が宿っているということで、地球はひとつの生命体であるという、あの「ガイア理論」の根本。


おおっ!うちのおばあちゃんは、この「ガイア理論」を勉強していたの  か?!

あら?今おばあちゃんの声が聞こえてきたような気がしました。

「日本にはなぁ、むかーしから、八百万の神さんが、雲や川、草木や石ころにもおってくださっとんで。おくどさんにも、針にも、丁寧にありがとうございますゆうて言わないかん。」

お野菜くずは、「捨てるとこなんか、なーんもない。」と、肥料として丁寧に田畑に撒かれていましたし、

おばあちゃんの着物は、何度も姿を変えリサイクルされ、破れたり擦り切れたりしたらオムツや雑巾になっていました。それでも使えなくなると火種として釜戸の中で立派な最期をむかえていました。

物を大切にするということは、物の持つ機能をとことん使い尽くすということで、それが、おばあちゃんのよく言ってた「物の命はまっとうさせてやらないかん」ということなんやね。おばあちゃん。

物も人間も、同じ、中性子と陽子でできた物体なんだもの。人間も同じやね。おばあちゃん。

心豊かに生きる。与えられた命をまっとうするまで。

私もそうありたいと思っています。

心が豊かなら、たくさんの物なんて要らないね。必要最小限の大好きな物たちがいてくれたら幸せやね。昔むかしからずっと一緒にいてくれた。。。みんなが大切な友達。

おばあちゃんのストーブも秤も電灯も、皆みんな元気だよ。






あら?

「何理論か知らんけど、そんなに偉そうに言うなら、アラジン、これからは自分で掃除したらどう?」

あ、今、父の実際の声が聞こえてきましたが、

空耳だと思うことにしました。


人間はパラドックスの体現であり、矛盾の塊である。
  〜オーギュスト・コント



Miss田村の白熱教室 ? ::: 2012.02.07 Tuesday
親と子の音楽サロン 第2回目が終わりました。一回一回よくしていきたいと研究。目下、「ピアノ紙芝居」 という、あまりなされていない、私にとっても新分野を開拓中です。


「ピアニストなら、ホンモノなんなら、下手な小細工などせんでも、ホンモノをばばばーんと弾けばよろしい

…もちろんそうだと思います。そのとおりでございます。 ですが、私は、大人の方にも子供さんにも、もうちょっっっとだけわかりやすく 「クラシックの世界は素晴らしいよ。楽しいですよ。」 と、おいでおいでをしてさしあげたい。ただ、最終的にはハンパじゃないいい演奏ができなくちゃいけない、というふうに思っています。 

…のですが、… ダメ かな?

……そこは、もともとおめでたい私。「なかなかいいアイデアじゃん。ランランラ〜ン♪」と、元来のおせっかいから生まれた、ひょっとしたら大勘違いかもしれないサービス精神を、「正しい!これでいい!」とひとり信じ、果敢にも挑戦しているのでした。


今回もまた研究、試行錯誤の結果、「参加型紙芝居2本立て!」のコンセプトで行うことに決定。練って練っての作りこみ。聴衆の皆さんにも、呼んだり叫んだり?してもらいつつ物語が進行。その、間あいだ要所要所に名曲を挟みます。

このように演奏することで、BGMの役割も果たされ、臨場感たっぷりにお話が進められますので、聴衆は、そのお話の世界の中で奏でられる音楽を、自然にすーっと受け入れることができ、より大きく感じることができるみたいです。

よかった…。ほっ。ホールには0歳〜3歳、4歳の愛らしい皆さんも15人くらいはいたのですが、40分もの間、眠ってるお子さんや、歩いてるお子さんは一人もいず!(あ、厳密に言いますと、ピアノの極そばまで詰め寄ってきてくださいましたが”!)皆さん本当に、その時間を思う存分楽しんでくださいました。でも、その時間、一番楽しかったのはきっと私です。本当に幸せな時間でした。

こういう素晴らしい機会を私にくださった皆さん、楽しんで聴いてくださった皆さん、今回も心から感謝申し上げます。




えっ?「田村ピアノ学校」での、私の日常のレッスン?どんなかんじかって?

丸亀校、南荻窪校、いずれも、ひとことで表すと、

その名も 「ミス田村の白熱教室!」 ? 

です。

ええ。まさに、「熱いレッスン」!私ときたら踊ったり歌ったり、とにかく激しいので、終わるといつも声ががらがらで、まるでスポーツ観戦かハードロックのコンサートに行ってきた人みたいな状態です。エネルギーをいっぱい使ってものすごく疲れていますが、ものすごく幸せなんです。


初めてピアノを始める生徒さんは、ドレミファソラシドではない、ちょっと変わった方法で始めています。やっぱり少しでも早く上手になっていただきたいので、それこそ試行錯誤、工夫して、ひとりひとりに一生懸命です。

大人の方も、レッスンの4分の1か、半分くらいは、ピアノでゲーム。音遊びです。いつも、私も生徒さんもものすごい集中力を要しますが、楽しくて楽しくて、毎回どきどきしてわくわくして、感動と興奮で、鳥肌がいっぱい立ちます。導かれる方向は皆それぞれ違いますが、どんな人も絶対こうなります。それは音の持つ魔法の力です。

どんなゲームかというと、うー…、音に導かれて霊的な体験ができるゲーム、うー、というか、一緒に感覚的な悦びを無限に共有できて、……、うー、これじゃ、なんだか変な宗教みたいって思われちゃいそう。。そうじゃなくて、、魂の交感… ……、うーん、ますます怪しいかんじ。うー、難しい。ちょっとうまく伝わらないかもしれないですが、私と生徒さんとの間では、すごくわかりあっていて、すごく共鳴し合っていて、すごく対等で、お互いにすごくハッピーで…。 

と、思うんだけど、

あっ!!    …… 

そう思ってるのは、私だけかもしれない!!と、今書いてて思った。

……。

そんなことないよね。うん。 ……いや〜、、やっぱり、、。

うん!まあ、いいか。
↑(いつもの 早めの立ち直り)


そう、ミス田村は、私の生徒さんたちに 「まほティ」 と呼ばれているらしい!(まほティーチャーの略だそうです)

幼い頃から今まで、周りの人々につけてもらったニックネーム、「まっほー」「まほうびん」「まほうつかい」「まほりん」など数々ありましたが、

どれより嬉しい!!
私のイーハトーブに毎日訪ねてきてくれる、三毛猫にかっこう、子狸や野鼠の親子、大好きなみんな、愛するみんな、心から、ありがとう!!!




セロ弾きのゴーシュ ::: 2012.01.18 Wednesday

 全5回に渡ってセミナーを持たせていただいています、「親と子の音楽サロン」、1月15日、第一回目で、「セロ弾きのゴーシュ」を取り上げました。このお話に音楽をつけ、紙芝居で読みながら演奏しました。セミナーでは「トイ」ではない、ピアノで演奏です。

旅に出るときに持つ本は何ですか? 
私はいつも「銀河鉄道の夜」です。

私の妹は、お付き合いをしている読書好きな彼に、「答えが難しいかもしれないけど、あえて、一番大好きな作家は誰?と聞かれたら誰ですか?」とたずね、「宮澤賢治かな」と答えた素敵な男性と結婚しました。

私も、宮澤賢治を好きな人は、アンシャーリーの言うところの、キンドレッドなような気がしてしまいます。


さて、今回取り上げた、皆に愛されている「セロ弾きのゴーシュ」、実はすごく深いお話だと思うんです。このお話の奥底では、賢治の宇宙観が語られているように思います。ベースにあるのは法華経の宗教観でしょうか。

一人の未熟な音楽家の男が、毎晩変わりばんこに訪ねてくる動物たちから教えられ、わずか1週間足らずで聞き手にイメージをわかせる演奏技術を身につけ、すばらしい演奏をするお話ですが、

これを書いたとき、賢治が病床にあったからよけいにでしょうか、最後、皆に絶賛されたゴーシュのことを、楽長がこう言います。「いや、からだが丈夫だからできたのだ。普通の人間なら死んでいる。」この言葉、自分の創り出す世界に聞き手を引き込んでいく表現力を身につけることがいかに難しいことか、賢治はよく知っていたのだと思います。


賢治の言葉に

「正しく強く生きるとは 銀河系を自らの中に意識して これに応じて行くことである。」

「せかいがぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はありえない。」

があります。

生き物、森、鉱石、星、風、水、森羅万象みな兄弟であり、生き物全ての幸せを求めなければ、個人の本当の幸福はありえない。

宇宙、銀河系の地球の中でのちっちゃな生命体でしかない自分。そのことを常に意識して、共生の精神を持ち、感謝し、謙虚でいなければならない。そうすれば、自らの身体と心の内なる声を聞くことができ、自分らしく生きていくことができる。

森羅万象、美しい自然の音が、音楽に表されていること、その音楽から、たくさんの銀河系の美しいつぶやきを聞くことができること、音楽=自然 ということを賢治はよく知っていたから、クラシック音楽が大好きだったのではないでしょうか。

相手は生半可じゃないこと。謙虚に、尊敬し、そして心身真っ向真剣勝負で臨まないと、やられること。そして、心から感謝し、共生できたとき、はじめて自らの内なる声が聞こえ、素晴らしいこの上ない喜びをもらえるのだということも。


私は、「親と子の音楽サロン」で、難しいとわかっていて、これらの賢治の精神そのものが表されたこの本を選びました。

子供こそ、理解し感じることができると思ったから。銀河系のどこかからやってきてまだ間のない、新鮮な、小さな生命体である子供の頭の中には、大人の何百倍もの広い宇宙が、無限の宇宙が広がっていると思うから。


これまで愚かな大人たちがしてきたことを地球に謝って、これから世界を立て直していかなければいけない子供たちに…。




田村ピアノ学校 開校 ::: 2012.01.06 Friday
 JUGEMテーマ:ピアノ教室/音楽教室


活動拠点が2ヶ所になりますが、がんばります。

妹が作ってくれたMOVIEです。↓




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